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NPO法人アトピーを良くしたい 理事 中村亜希子

アトピー発症時期
生後七ヶ月
一番悪かった時の状況
特殊メイク無しでバイオハザード出演できるレベルのゾンビ面
現在の状況
アトピーの症状はほぼ無い
普段は保湿剤でスキンケアするだけ

いつ頃から発症し、アトピーはどんな状況だったのでしょうか?

生まれてすぐにステロイド使用

発症したのは生後七ヶ月。診断された病院でもらったステロイド軟膏を顔にも身体にもたっぷり塗っていました。小さい頃の写真を見ると普通の子どもと何ら変わりない肌をしています。ステロイドで抑えられていたのでしょう。

小学一年生のとき、それまでは何ともなかったのに「空が眩しい」と感じることが多くなりました。眼科で診断を受けた訳ではありませんが、ステロイド長期使用の副作用による「ステロイド白内障」の症状が出始めていたのではないかと思います。

小学二年生で埼玉県から愛媛県へ引っ越ししました。その隣家の赤ちゃんが酷いアトピーだったのですが、その親御さんはステロイドを使わない治療をしていました。私の両親はその方達から「ステロイドの長期使用は良くない」と教えられ、そのとき私が「眩しい」と訴えていたことも重なり、脱ステロイドを決意したようです。

脱ステロイドの苦悩

ありとあらゆる民間治療を片っ端から試しました。漢方を飲んだり、シソの葉エキスを飲んだり、どくだみを育てて煎じて飲んだり、アロエを育てて貼り付けたり、キュウリを貼り付けたり、キハダを貼り付けたり、ヨーグルトを全身に塗り付けたり、怪しげなサプリメントを飲んだり、手をかざして呪文を唱えたり…

その頃の両親は藁をも掴む思いでアトピーに良いと言われるものすべてに飛びついていました。しかしどれも私のアトピーには効かず、脱ステロイドした私の肌はどんどん悪化していきました。

稀に見る重症だと言われる

小学三年生で再び埼玉県に戻り、自宅温泉療法を始めます。
自宅温泉療法とは、家のお風呂に24時間循環器を設置し、パックに詰められ送られてきた温泉を風呂にためて入浴する、というもの。

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この頃は脱ステロイドの影響でかなり症状が悪化していて、やっとの思いで学校に通っている状況でした。夜は一時間眠ることができればいい方で、寝不足のまま学校へ行き、同級生からは肌をじろじろと見られる毎日。肉体的にも精神的にも学校へ行きながら温泉療法を続けるのは無理、という結論になり、しばらく休学することにしました。

この休学は小学三年生から五年生まで続きます。私は丸三年間小学校に通っていません。しかしそんなこと、長い人生から見ればなんの問題も無いと思います。

家族も辛いアトピー地獄

温泉療法を始めて、激しい離脱状態(リバウンド)が何度か訪れました。痒くて痒くて血が出ようと肉が見えようと痒みはおさまりません。「骨が痒い」とさえ思いました。顔は炎症と血液と体液で原型を留めず、まさにゾンビのようになりました。来る日も来る日も傷だらけの身体を引きずって温泉に入り、食事も睡眠もまともにとれない状況。

死んだ方がマシだ、と本気で思いました。

ある日、母親に「お父さんにもお母さんにもこんなに迷惑をかけてしまって辛い、もう死にたい」と告げました。すると母は私を強く抱き締め「ごめんね」と何度も言いながらワンワンと泣き出しました。それまでどんなことがあっても涙を見せず私を励ましてくれた母が初めて見せた姿でした。私も一緒になって泣きました。

温泉療法中の記憶は曖昧なところがたくさんあるのですが、この日の出来事だけは今でも鮮明に覚えています。辛いのは私だけではありませんでした。きっと両親の方が辛かったと思います。

アトピーの状態が良くなったきっかけは何だったのでしょうか

草津温泉との出会い

小学六年生から再び学校に通えるようになり、自宅温泉療法を辞めて、学校の夏休みや冬休みを利用して温泉地へ行き湯治をすることにしました。北は岩手県から南は大分県まで、アトピーに良いと言われる温泉地を巡りました。その中で出会ったのが群馬県の「草津温泉」でした。

初めて入浴したとき、今までのどんな温泉よりも皮膚にしみて痛くてたまらなくて、お風呂から出た後はしばらく動けなくなるくらい衝撃的でした。しかしその痛みに耐えしばらくすると、たちまち傷がかさぶたになるのです。そして、そのかさぶたが剥がれるとつるりとした肌が出てきます。それからは休みが出来るたびに草津温泉に行くようになりました。

憎んでいたステロイドに救われた

高校一年生のとき、それまで落ち着いていたアトピーが劇的に悪化しました。自宅温泉療法を辞めてから初めてのことです。

全身に症状が出て、水泡も出来て、痒くて痛くてどうにもならない状態。身体の中で何かが暴れているようでした。原因は不明です。
ちょうど夏休みだったのですが、眠れない食べられない状況が続き、気が付いたら十キロ近く体重が落ちていました。総合病院の皮膚科へ行き、そこでお医者さんから「このままだと死にますよ」と言われ入院を勧められます。一時的にステロイドを使い、ひとまず皮膚を正常に戻すとのこと。

苦渋の決断でした。

今まで十年近くかけて脱ステロイドをして激しいリバウンドを何回も乗り越えてきたのに、それが水の泡になってしまうかもしれない。
とても葛藤しましたが、衰弱している私に選択の余地などなく、再びステロイドを使うことを受け入れました。そんな不安とは裏腹に、八日間の入院が終わる頃には驚くほど見事なつるつるの肌になりました。その後継続してステロイドを使うことなく、すぐに普通の学校生活に戻る事が出来ました。

それから十二年が経ちますが、劇的に悪化したのもステロイドを使ったのも、これが最後です。
この出来事から、自分の中で「ステロイド=悪」という意識が無くなりました。正しい使い方をすればむやみに怖がる必要は無いのだと。

あきこさんにとって、「アトピーが良くなるために大切だと思うこと」は何でしょうか?

写真4とにかく行動する

世の中はたくさんの情報で溢れています。その情報に対する正しい判断を自分で出来るようになるためには勉強が必要です。知識が無駄になることなんてありません。
本を読んだり、勉強会やセミナー・交流会に参加したり、積極的に行動すればどんどん視野が広くなります。

そして試す。人が良くなった治療法が自分にも合うとは限りません。しかし、試さなければその良し悪しは分かりません。私は良くなった今でもいろいろ試すようにしています。経済的・時間的に難しいという問題もあると思いますが、頭であれこれ考えていても行動しなければその思考は無駄になってしまいます。だからこそ、まずは行動が大切だと思うのです。

完璧を求めない

私の経験上、完治に近い状態になったとしても何かの拍子に顔を出す、それがアトピー。なのでもう完治は諦めています。こう言ってしまうと後向きな言葉に聞こえますが、前向きな意味で諦めています。ひょっこり顔を出してきたときに、受け入れられる心がないと

「治ったはずなのに!」
「なんでこんなに悪化したの?」
「何が悪かったんだろう?」

原因を追求し、自分を責め、どんどん苦しくなってしまうからです。
そんなことを繰り返しているとだんだん卑屈になって、何もかもが辛くなってしまいます。アトピー治療をする際は完治ではなく、”寛解”を目指して欲しいと思います。その方が心も身体も楽ですよ。

写真5アトピーの自分を丸ごと受け入れなくてもいい

私が自分自身のアトピーときちんと向き合えたのはつい最近のことです。

アトピーの自分が大嫌いでした。「なんでみんなは綺麗な肌なのに、私だけアトピーなのだろう」と自分を呪って何もかもアトピーのせいにしていた時期もありました。しかし、そんなことを考えてばかりいてもアトピーが治る訳ではありません。そこに意味など無くても、自分で意味を見つけ出していかなくてはいけない、そう思ったのです。

そして自分のアトピーにとことん向き合うようになりました。昔の写真や記録を見ていろいろなことを思い出しました。掻きすぎて腱鞘炎になったこと、やっと行けるようになった学校でいじめられたこと、どんなときでも支えてくれた家族、いろいろなことを整理していくうちに「私は私で良かったな」と思えました。

そうしたら心がとっても軽くなったのです。やっと自分を受け入れることが出来たのかなと思います。ここまで来るのにかなり時間がかかりました。

写真6人にとって当たり前のものが自分には無いかもしれないけれど、自分にとって当たり前のものが人には無いかもしれない。みんな自分に与えられた人生を生きるしかないのです。丸ごと受け入れなくたっていい。人と比べなくたっていい。
ゆっくりと自分の良さを見つけて、少しづつ自分を認めてあげること。これが私の経験から、アトピーを良くするために最も大切なことです。

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2015年5月10日