若月麻里子さん

アトピー発症時期
おそらく2~3才の頃から
一番悪かった時の状況
顔面、耳、首、肩、手の指、おしりと脚の付け根が真っ赤にただれ常に浸出液が出ている状態。特に顔は真っ赤に腫れてムーンフェイス状態。
現在の状況
顔と首、手、上半身に乾燥によるかゆみと皮膚の落屑(らくせつ)はあるが、小康状態を保っている。

いつ頃から発症し、アトピーはどんな状況だったのでしょうか?

アトピーを治すための薬のはずが…

まりこ① 大学卒業、顔が腫れているアトピーの発症は2~3才ごろです。小学生の時は肘と膝の裏側、背中に赤い発疹が、中学生になると湿疹が出る場所が変わり、顔面と首に出るようになりました。高校生の一時的に小康状態になりましたが、この間ずっと地元の同じ皮膚科に通っていました。皮膚科からはずっと白い軟膏状のクリームとチューブの薬を処方されていたのですが、この薬を良く知らずに長期に渡って使い続けたことが不運の始まりでした。

1年間の浪人生活の末に希望の大学に合格し、これから楽しい学生生活が待っているはずでした。入学式が終わったあたりから、急激に顔と首が赤く腫れあがり、猛烈なかゆみに襲われるようになりました。自分の身に何が起こっているのか全くわからず、アトピーの権威の医師がいるという都心の総合病院を調べ、これまで処方されていた薬を携えて診察を受けました。そこで初めて「ステロイド皮膚症」と診断されたのです。

それはステロイド剤を誤った方法で長期にわたって使ったことによる副作用でした。思えば、処方された薬について医師から細かく説明を受けたことがなく、軽度の時にもステロイドをずっと使っていました。まさかアトピーを治すための薬が原因でさらにひどい状態になるとは予想もしませんでした。

このときから私の「脱ステ生活」が始まりました。症状は急激に悪化、特に顔面と首、肩など上半身の症状がひどく、ちょっと掻くと浸出液が出る状態になりました。昼間は極度の乾燥で皮膚が画用紙のようになり、笑うと皮膚に亀裂が入り、夜は猛烈なかゆみで眠れなくなりました。熟睡はほとんどできず、死にたいとはまでは思わなくても、誰か自分を冷凍人間にして仮死状態のまましばらく眠らせてくれないか、と真剣に考える毎日でした。

また、この脱ステ生活が「お年頃」と呼ばれる時期と重なったこともかなりの痛手でした。メイクはおろか、着られる洋服も制限され、髪型は常にベリーショート、日によって調子が激変するので友人との外出もままならず、大学にも行けたり行けなかったり、恋愛なんて二の次です。幸い理解のある友人は多かったのですが、それでも「なんで自分がこんな目に…」と自分の人生を恨み、先が見えない不安、やりたいことが出来ない悔しさ、誰にも矛先を向けられない怒りなど、複雑な思いでこの時期を過ごしました。

結局、大学生から20代後半までは一進一退を繰り返し、悪化して退職したり、時には2週間ほど休職したりしながら、なんとか生活を送っていました。

海外に行くとなぜかアトピーは悪化しない

まりこ② イギリス留学、アトピー良好何がきっかけだったのかはわかりませんが、30歳前後になって症状が急速に回復し、一見してアトピーの症状があるとはわからなくなりました。調子が上がったこの時期にずっと温めてきた長期海外留学を実行しました。気候や水など物理的な環境の違いで悪化するのではと心配したのですが、海外滞在時にはなぜかアトピーが悪化しませんでした。時期をずらしてアメリカとイギリスに滞在していたのですが、両方ともアトピーの状態は良好でした。

どうもステロイドを使うと調子が悪い

海外から帰国後、激務と言われる業界で仕事をしていましたが、重症化することもなく、このままアトピーはなくなるものと思っていました。ところが、30代後半になり、また顔や手にかゆみと湿疹が出始め、職場近くの皮膚科に通うようになりました。仕事がかなり忙しくなってきたときで、「ステロイドは使い方を間違えなければ怖い薬ではない」という医師の勧めもあり、部分的にステロイドの使用を開始しました。

ところが、2011年の年明けから湿疹が出る範囲が広がり、東日本大震災あたりから急激に悪化、詳しい因果関係はわかりませんが、顔と首、手の甲、肩などステロイドを塗っていた部位から浸出液が出て、また猛烈なかゆみで眠れない日々が戻ってきました。GWを利用して温泉治療に出かけたりしたものの、東京に戻って仕事を始めると再び悪化、最終的には心身共に仕事を継続できない状態となり、退職してしばらく療養に専念しました。

アトピーの状態が良くなったきっかけは何だったのでしょうか

何かのきっかけでアトピーが良くなるのか、その「明確な何か」を突き止めることは実は今もできていません。ただひとつ言えることは、私の場合はステロイド以外の方法を模索したことが症状の改善につながったように思います。重症時に効果があった具体的な方法を参考までに記してみます。

<1度目の重症期:脱ステ時代>

リン塗布パック

リン塗布に亜鉛華軟膏とアズノールという青いワセリン由来の薬を重ね塗りし、患部に当ててパックするという方法です。特に私は顔面の症状がひどかったので、夜寝るときに顔型にくりぬいたリン塗布に薬を塗ってパックして寝ていました。これをやると次の日の朝が少し楽にしました。

水治療

水道水を電気分解してアルカリ水と酸性水に分け、アルカリ水を飲水し、酸性水をアトピーの患部にパッティングするという、一時期話題になった民間療法です。医学的な立証はされていないのですが、これでガンやアトピーが改善したという話を親が聞きつけ、一か八かで試しました。自宅の水道にアルカリイオン整水器を取りつけ、毎日1~2リットルほどアルカリ水を飲み、入浴時に酸性水を顔と体にパッティングするという生活を長期に渡ってやり、徐々に改善の効果が見られました。

<2度目の重症時期:30代後半>

自宅温泉入浴

ある企業が推奨するアトピー治療法で、自宅の浴槽に温泉を入れて1日2~3回、1回1時間程度入浴し、自分自身の自然治癒力や新陳代謝を高めることで改善を図る方法です。半年近く続けたのではないでしょうか。時間もお金も体力も必要ですが、私のお風呂好き、温泉好きが功を奏し、次第に痒みが和らぎ湿疹も軽減されていきました。

腸内環境を整える

「アトピーの人は胃腸が弱い人が多い」という話を聞き、私も幼少期から胃腸が弱かったので、腸内環境を改善させたら何か変わるかも知れないと思い、食事改善を図りました。毎日食べたもの、アトピーや胃腸の状態をノートに書き出してモニタリングし、バランスの良い食事を、特に発酵食品(ヨーグルト、味噌、麹、納豆など)を摂るように心がけました。

まりこ③ 体質改善日記また、アトピーサロンで知り合った体質改善トレーナーの方にご協力いただき、書き留めた記録を定期的に見ていただきながら食事や生活習慣のアドバイスをしていただきました。また、足りない栄養素をカバーするため、私の体質に合うサプリメントを色々試しながら探していただき、その結果、EPAという魚由来の油とLG-2という乳酸菌が自分の腸には合っていそうだ、ということがわかってきました。今でもこの2つは定期的に摂取するようにしており、以前よりも胃腸の調子はだいぶ改善されてきています。

現在は春先から夏にかけてかゆみや湿疹が増えることもありますが、中~軽度の症状を維持しています。

まりこさんにとって、「アトピーが良くなるために大切だと思うこと」は何でしょうか?

アトピーから適度に距離を置く

重症時は特に他のことを考えるのは難しいとは思うのですが、アトピーから離れて自分が楽しいと思える時間を作ることは大切だと思います。私の場合、大学時代は長期留学ができませんでしたが、夏休みに短期で語学留学したり、バックパッカーもどきで2週間程度の海外旅行には行ったりしていました。2回目の重症時も好きな温泉旅行には時々行っていました。好きなことをしているときは精神的にも解放され悪化しないようです。日々の生活の中でアトピーと適度に距離を置く時間を作り、アトピーに心を奪われすぎないようにすることが必要だと思います。

ストレス発散法をたくさん見つけておく

私の場合、心身ともにストレスがかかっていることに気づきにくく、気づいたときにはすでに悪くなっていることが多くあったのですが、もっと自分の変化に敏感になり、早めに心身のコントロールと予防を図ることが必要だと思いました。「ストレスのない生活をして下さい」と言われることは多いですが、今の社会でストレスのない生活を送ることはほぼ不可能に近いです。それよりも自分なりのリフレッシュ法をたくさん見つけておき、早めに心身のストレスを解放して溜めないようにすることの方が現実的だと感じます。

気持ちを共有できる仲間を作る

自分と同じような症状や経験をした人が周りにいない場合、人は孤独になりがちです。現在はITやSNSの発達により、仲間を見つけることが容易になりました。この機会を利用しない手はありません。私も多くのアトピー仲間と出会い話をする中で、苦しい思いをしてきたのは自分だけではなかったのだな、という認識を新たにしアトピーと向き合う自信を得ました。仲間とのつながりを大切にし、お互いにサポートできる関係づくりが出来れば、今よりも生活しやすくなるように思います。

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2016年6月15日